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仙台高等裁判所 昭和34年(ナ)9号 判決

原告 安藤清助 外一名

被告 福島県選挙管理委員会

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は昭和三四年(ナ)第八号事件について「昭和三四年四月三〇日執行の福島市長選挙の効力に関し、原告の異議申立に対する同市選挙管理委員会の棄却決定と、これに対する原告の訴願に対する被告の棄却裁決を取り消す。右選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、昭和三四年(ナ)第九号事件について「昭和三四年四月三〇日執行の福島市長選挙において候補者佐藤実の当選に関し、原告の異議申立に対する同市選挙管理委員会の棄却決定と、これに対する原告の訴願に対する被告の棄却裁決を取消す。右選挙における候補者佐藤実の当選を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告ら訴訟代理人は昭和三四年(ナ)第八号事件の請求の原因として

一、福島市長選挙は昭和三四年四月三〇日福島市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)によつて執行され、その候補者は佐藤実、林谷主計、遠藤雄蔵の三名であつたが、右選挙の結果は佐藤の得票数が三三、二〇二票、林谷のそれが三三、一六二票、遠藤のそれが二、八二九票、無効票数が一、六九三票となつて佐藤が当選し、林谷は次点となつた。原告安藤は右選挙の有権者として投票した者であるところ、この選挙の管理執行には選挙の結果に異動を及ぼすほどの法令違反があつたので、これを理由として右選挙の効力に関し市選管に異議を申立てたが棄却され、更に被告委員会に訴願したが被告委員会において昭和三四年一〇月八日得票数を佐藤は三三、一八八票、林谷は三三、一六六票、遠藤は二、八三〇票と、無効票数は一、六九七票と修正されたが結局訴願を棄却されその裁決書は同月一六日右原告に送達された。

二、ところで本件市長選挙は福島市議会議員(以下市議と略称する)の総選挙と同時に執行されたいわゆる同時選挙で市選管は投票の順序について、投票用紙を同時に交付する場合を除き市議の投票を先きにし、市長の投票を後にする旨を定めたが、投票用紙を同時に交付する場合の投票順序についてはなんら定めるところがなかつた。そして事実上は福島市内四一ケ所のうち三九ケ所の投票所では先ずもつて市議の投票用紙を先きに交付してこれに記載投函をなさしめ、終れば次に市長の投票用紙を交付してこれに記載投函をなさしめるというように投票の順序を定めて執行したが、第二九投票所(投票者数四〇六名)と第四一投票所(投票者数七六一名)の二投票所においては市議と市長の投票用紙二枚を同時に交付し、敢て順序を定めないで記載投函をなさしめた。そしてその結果を見ると前記無効票一、六九三票中市長用紙に市議候補者の氏名を記載したために無効となつたものが七六三票にも達しており、一方また市議候補中には佐藤姓の者が佐藤守、佐藤誠、佐藤一と三名おるのに市長票中に単に「佐藤」、「サトム」、「さとう」と佐藤の姓のみを記載して佐藤候補の有効投票となつたものが八二七票もあることになつている。

三、本件市長選挙の投票の効果が右のようになつたのは市選管の右選挙における管理執行が公職選挙法(以下法と略称する)第一二二条の二の規定に違反してなされたからである。すなわち昭和三三年四月二二日法律第七五号をもつて追加された右第一二二条の二の規定によつて同時選挙の場合においては当該選挙管理委員会は必然的に生じる投票及び開票の順序を定めなければならないことになつたのであるが、右規定が追加新設されたゆえんのものは、この場合投票所における有権者が投票記載に際して、あるいは用紙をまちがえたり、あるいは思索を混乱したりすることがないようにし、卒直明快にその意思を投票の結果に誤りなく反映せしめようとするのにほかならないのであるから、投票用紙二枚を同時に交付する場合でも、また各別に一枚ずつ交付する場合でも選挙管理委員会はその投票順序を定めるべきである。ところが本件同時選挙に際し市選管は投票の順序について前記のとおり投票用紙を同時に交付する場合を除き市議の投票を先きにし市長の投票を後にする旨を定めたにとゞまり、有権者にとつて最もまちがいや混乱の生じやすいところの市議と市長の投票用紙二枚を同時に交付する場合の投票の順序を定めず、投票記載台なども区別しなかつたからである。

四、前記のとおり本件市長選挙における当落の票差はわずかに四〇票であり、被告委員会の前記裁決ではその差は更に二二票になつているのであるから、市選管が右法第一二二条の二の規定に従い投票用紙二枚を同時に交付する場合の投票順序を定めてそのとおりこの選挙の管理を執行したならば、あるいは選挙の結果は異つたかも知れないのである。以上の次第で市選管の前記異議棄却決定及び被告委員会の前記棄却裁決は市選管の前記のような違法な選挙の管理の執行を容認した点において違法であるからその取消を求めるとともに、市選管の右選挙の管理執行は前記のように選挙の規定に違反し選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるから本件市長選挙の無効宣言を求める。

と述べ、昭和三四年(ナ)第九号事件の請求の原因として

一、本件市長選挙は前記のごとく執行され、その結果前記のような次第で佐藤実が当選人と決定された。原告今泉は右選挙の有権者として投票したものであるところ、右佐藤の当選の効力に関し市選管に異議を申立てたが棄却され、更に被告委員会に訴願したがこれまた昭和三四年一〇月八日棄却され、その裁決書は同月一六日右原告に送達された。

二、しかしながら市選管の右異議棄却決定及び被告委員会の右棄却裁決には次のような違法がある。

(一)  市選管及び被告委員会は候補者のなに人を記載したかを確認し難いため無効とすべき多数票を佐藤実候補の有効得票と認定した誤りがある。すなわち

本件市長選挙において佐藤実の有効投票とされているものの中に単に「佐藤」「サトウ」「さとう」などのように佐藤姓のみを記載し、名の記載を欠くものが八二七票存在する。しかしこれらの票は本件市長選挙の場合におけるように

(1)  前記のように市長選挙と市議選挙とが同時に執行されたこと

(2)  市長選挙の候補者中には佐藤姓の者は佐藤実たゞ一名であるが、市議の候補者中には前記佐藤守、佐藤誠、佐藤一の三名があり、奇しくもいずれも名は一字であつて、うち「守」「誠」は読み方においても「実」と類似し、「守」の行書走り書体の筆法は「実」のそれと類似していること

(3)  前記のように第二九及び第四一の二投票所においては法第一二二条の二の規定に違反し市議と市長との二個の投票の間に順序を定めず一人の選挙人に市議と市長の投票用紙二枚を同時に交付して投票させたため、選挙人中には思索混乱し両用紙をまちがえて市長用紙に市議候補佐藤姓の三名中のなに人かを記載する意思のもとに単に「佐藤」「サトウ」「さとう」などと佐藤姓のみを記載したものが相当数存在することが客観的に推定可能であること(このことは現に無効票一、六九三票中候補者でない者の氏名記載のかどによつて無効となつたものが八八六票、そのうち七六三票が市議候補者の氏名を記載したものであるし、また市長用紙に市議候補佐藤守と書いたものが一六票、同佐藤一と書いたものが一二票、同佐藤誠と書いたものが実に五五票もあることによつて裏書きされる。)

というような特殊な客観状勢のもとにおいては候補者のなに人を記載したかを確認し難いものとして無効とされるべきものである。

(二)  市選管及び被告委員会はある特定の投票についても本来林谷候補の有効得票となるべきものを無効と認め、反対に本来無効となるべき投票を佐藤候補の有効得票と認定した誤りがある。以下別紙点検票の番号に従つてこれを示せば、次のとおりである。

1  無効投票中次のものは林谷候補の有効得票である。

(1) 別紙点検票1。

投票面の記載は片仮名「ハヤシヤ」であり、林谷候補の姓はハヤシヤとも音読されるし、現にそのように呼びならわしている人もある。選挙人の意思が林谷候補を挙げるにあつたことが明白である。

(2) 同2。

投票面の記載は「林長」であるが、林谷候補がこの選挙の当時現職の福島市長であつた事実と、市長候補者中に他に類似の氏名を有するものがない事実とにかんがみれば、これは「林谷市長」と書こうとして「谷」、「市」の二字を誤脱したものと認めるべきで、選挙人の意思が林谷候補を挙げるにあつたことを認めるに足りる。

2  佐藤候補の有効得票中次のものは無効投票である。

(1) 別紙点検票12。

候補者氏名欄下部右方の記載は有意的な他事記載であり、少くとも運筆の余勢や、無意の記載とは認められない。

(2) 同13。

相当達筆に書かれた「佐藤一人」であつて、候補者でない者の氏名記載である。

(3) 同14。

投票面において第一字が「さ」であることがわかるだけでそれ以下は全然判読不能であつて、候補者のなに人を記載したか不明である。

(4) 同15。

候補者氏名「佐藤実」の上部の大きくこくめいにつけた黒丸は符号または他事記載であつて、書いた字を抹消したもの、または無意の記載ではない。

(5) 同16。

「佐藤実君」の下の「ヘ」は明瞭な他事記載である。

(6) 同17。

第一字と第四字は判読不能である。かりに第一字を「み」と判読しても第四字は他事記載である。

(7) 同18。

候補者氏名欄の上部のらくがきは他事記載で、単なる抹消ではない。

(8) 同19。

候補者氏名「佐藤実」の右下の二重丸形は他事記載である。

(9) 同20。

候補者氏名欄中央縦の複線は抹消ではなく他事記載である。そうでなくてもその下の「と」は少くとも他事記載である。

(10) 同21。

候補者氏名欄の最下部の「ヘ」は他事記載である。

(11) 同22。

「佐藤実」の上部の「市長」は他事記載である。現職市長の場合は市長と書いても、それは職業の記載としては有効であるが佐藤候補は当時まだ市長でなかつたから他事記載である。

(12) 同23。

候補者氏名「佐藤実」の下の「ヘ」は他事記載である。

(13) 同24。

候補者氏名「佐藤」の下の「のー」は他事記載である。

(14) 同25。

候補者氏名「サトうま」とあるが、そのようなまたは類似の氏名の候補者はなく、候補者のなに人を記載したか不明であり、かつ「ま」の左に並んで書かれた「ー」は少くとも他事記載である。

(15) 同26。

上部のらくがき、「ミノル」を大きく囲んだ丸はいずれも他事記載である。

(16) 同27。

「さとうみのる」の六字の右側につけた六つの丸は他事記載である。

(17) 同28。

第一字「サ」の右側につけた中型の丸は他事記載または符号である。

(18) 同29。

用紙を逆にして書いたものらしいが、判読不能で、候補者のなに人を記載したか不明である。

(19) 同30。

候補者のなに人を記載したか不明である。

(20) 同31。

記載が字体をなさず、候補者のなに人を記載したのか不明である。

(21) 同32。

投票面の記載は「ミロル」であつて「ミノル」ではない。これを「ミノル」の誤記とすることは無理である。「ロ」は「ノ」の字画の三倍であるから、「ノ」を「ロ」と誤記するはずもないし、運筆が相当練達であることにかんがみても、故意に候補者にあらざる者の氏名を記載したと認めるべきである。

(22) 同33。

投票面の記載は片仮名の「イ」、漢字の「左」であつて、そのような候補者はなく、候補者でない者の氏名記載である。

(23) 同34、35、36。

いずれも候補者のなに人を記載したか判読不能である。

(24) 同37、38、39、40、41。

このような氏または名の候補者はなく、いずれも候補者でない者の氏名記載である。

(25) 同42。

これを「さとうみのる」と読めば候補者佐藤実と同音であるが、記載は明瞭に「佐藤稔」である以上、候補者以外の氏名を記載したと見るよりほかはない。

(26) 同43。

候補者以外の者の氏名記載である。

(27) 同44、45、46。

投票面の記載は「斎藤実」で後記点検票3について述べる理由と同じである。

(28) 同47。

「佐藤実」とは全く別人名であつて、候補者でない者の氏名記載である。

(29) 同48。

右(28)の理由と同じである。むしろ市議候補者「佐藤守」を書こうとして不完全に終つたもののように見える。

(30) 同49。

候補者でない者の氏名記載である。

(31) 同50。

投票面の記載は「遠藤」と書いて抹消し、「佐藤」と書きなおし、「一」を書いてある。すなわち「佐藤一」と書いたのであつて、候補でない者の氏名記載である。なお「佐藤一」は市議候補者で、それには相当の得票があつた。

(32) 同51。

後記点検票3について、述べる理由と同じである。

(33) 同52。

候補者でない者の氏名記載である。なお「佐藤誠」は市議候補者で当選している。この投票は市長用紙と市議用紙とをまちがつたものである。

(34) 同53。

候補者でない者の氏名記載である。なおこの「寛」の字は達筆で、これを実の誤記とは認め難い。

(35) 同54。

候補者でない者の氏名記載である。

(36) 同55。

投票面記載の「サトマサミ」は候補者ではない。なお、市議候補者に「宍戸正美」という類似氏名があるので、その者を書こうとしたとも見られる。

(37) 同56。

候補者でない者の氏名記載である。

(38) 同57、58。

後記点検票3について述べる理由と同じである。

(39) 同59。

前記市議候補者「佐藤誠」を記載したもので、本件市長選挙の候補者でない者の氏名を記載したものである。

3  被告の後記3、4の主張には次のように答える。

(イ) 無効投票中被告が佐藤候補の有効得票と主張するものはすべて無効投票である。その理由は左のとおりである。

(1) 別紙点検票3

投票面の記載は達筆明瞭に「さいとうみのる」であつて毫も「さとうみのる」の誤記と認めるべきところがない。故人ではあるが首相斎藤実氏は「さいとうみのる」とも呼ばれていたから、加藤清正、西郷隆盛流の投票と類を同じくし悪戯的投票かまたは候補者でない者の氏名記載の投票である。

(2) 同4。

投票面の記載は「シルル」であつて「ミルル」ではない。しかも第一字「シ」と第二字「ル」の中間右外側には「ー」の記載があり佐藤候補の名「ミノル」と判読することもできない。候補者のなに人を記載したか不明である。そうでなくても他事記載である。

(3) 同5。

投票面の記載は平仮名と片仮名を用いた「せト」であつて、他にも「瀬戸孝一」と記載した無効票があることからすれば、この記載も「せと」であつて「サト」と読むことは無理であり、候補者でない者の氏名記載である。

(4) 同6。

投票面の記載は明瞭に「遠藤実」であつて、候補者に「遠藤雄蔵」がある以上遠藤候補の姓と「佐藤候補」の名とを混記したものである。

(5) 同7。

投票面の記載は明瞭に「渡辺実」であつて、候補者佐藤実とは全く別人である候補者でない者の氏名記載である。

(6) 同8。

投票面の記載は明瞭に「サトウミツル」であつて「サトウミノル」の誤記と認め難い。候補者でない者の氏名記載である。

(7) 同9。

第一字は判読不能であり、第二、第三字は「のる」であるが、全体を通じて佐藤候補の名「実」を平仮名で「みのる」と書いたものとは認め難い。候補者のなに人を記載したものか不明である。

(8) 同10。

投票面は五つの平仮名らしい記載があるが、第四字は判読不能であり、その全体を通じても候補者のなに人を記載したものか不明である。

(9) 同11。

用紙を逆にして書いてあるが、記載は「ヰトウ」であつて、候補者でない者の氏名記載である。

(ロ) 林谷候補の有効得票中被告が無効と主張するもののうち、別紙点検票60、62、63、65、66、67、68、72、73、74、80、82、83がいずれも無効投票であることは認めるが、その余の票はすべて林谷候補の有効得票である。その理由は左のとおりである。

(1) 別紙点検票61。

投票面の記載は、第二字は「や」を書いて抹消したものであり、「はやしたに」と読むことが容易である。

なお、第一字「は」の右肩の点は運筆の余勢であつて有意の符号ではない。第二字は「や」の字の本体を抹消したが、点まで抹消するのを忘れたに過ぎない。

(2) 同64。

林谷候補の名は「主計」であり、歴史小説などには「主水」という名の人、たとえば「鈴木主水」、「早乙女主水」があり、これは「もんど」と読まれるので「主計」を字形から「主水」すなわち「もんど」と読むものと誤解して書いた記載と見られ、上の二字「林谷」が明瞭である以上、選挙人の意思が林谷候補を挙げることにあつたことが明らかである。

(3) 同69。

投票面の文字は第一字は「は」、第二字は「や」で、第三字は不明であるが、候補者中には「はや」の二字を用いられる者は林谷候補のみであるから、選挙人が同候補に投票する意思であつたことが明確である。

(4) 同70、89。

投票面の文字は「主」の字であつて、候補者中「主」の文字が氏名にある者は林谷主計一人であるから、選挙人が林谷候補に投票する意思であつたことが明瞭である。

(5) 同71。

投票面の記載はきわめて達筆の草書体をもつて「林谷主計」と書いたものである。

(6) 同75。

投票面の記載は「ハラシ」であるが、林谷候補の姓は「ハヤシ」と略称されることもあり、この票も「ハヤシ」の誤記と認められ、選挙人の意思が林谷候補に投票することにあつたことが明らかである。

(7) 同76。

林谷候補は本件選挙当時現職の市長であつたから、票記載の「市長」はすなわちその職業をもつて林谷候補の氏を表示したものである。なお下の二字は「サン」であつて敬称である。

(8) 同77、91。

投票面の記載「しちヨー」あるいは「シチヨ」は「市長」と判読可能であつて、現職の市長林谷候補に投票する意思があつたことが明瞭である。

(9) 同78。

投票面の記載は「ハヤ」であるが、候補者中その氏名に「ハヤ」のつく者は林谷主計一人であるから、選挙人の意思が林谷候補を挙げることにあつたことが明瞭である。

(10) 同79、87。

投票面の記載は「計」の一字であるが、候補者中その氏名に「計」の字がつく者は林谷主計一人であるから、選挙人の意思が林谷候補に投票しようとしたことが明瞭である。

(11) 同81。

候補者中その氏名に「タニ」を用いる者は林谷主計一人であるから、選挙人の意思が林谷候補を挙げることにあつたことが明瞭である。

(12) 同84。

候補者中その氏名に「ハヤ」のつく者は林谷主計のみであるから、選挙人の意思が林谷候補を挙げることにあつたことが明瞭である。

(13) 同85、86。

投票面の記載は「林立」または「林下」であるが、「林谷」の誤記と認められるから、選挙人の意思が林谷候補に投票することにあつたことが明瞭である。

(14) 同88。

投票面の記載は「林谷」と判読可能である。

(15) 同90。

投票面の記載は「林」の字であつて、選挙人の意思が林谷候補に投票することにあつたことが明白である。

(16) 同92。

投票面の記載「はやし」は姓「さん」は敬称であつて、林谷候補に投票する意思が明白である。

(17) 同93。

投票面の記載「様」は敬称であつて、林谷候補に投票する意思をもつて記載されたことが明白である。

(18) 同94、95。

投票面の記載「森谷」または「林田」は「林谷」の誤記と認められ、林谷候補に投票する意思をもつて記載されたことが明らかである。

(19) 同96。

投票面の記載は「はやしたみつい」は「はやしたにかつい」の誤記であつて「林谷主計」を平仮名で書き誤つたものである。選挙人の意思が林谷候補に投票することにあつたことが明瞭である。

以上の結果佐藤候補の有効得票とされているもののうち四八票が無効投票であり、林谷候補の有効得票とされているもののうち一三票が無効投票であり、また無効投票とされているもののうち二票が林谷候補の有効得票であることになるから、佐藤候補の得票数は被告委員会修正の三三、一八八票から四八票を減じた三三、一四〇票となり、林谷候補の得票数は被告委員会修正の三三、一六六票から一三票を減じて二票を加えた三三、一五五票となる。従つて敢えて佐藤姓のみを記載した票の効力判定を論じるまでもなく、佐藤候補の当選はその効力を失わなければならない。

以上の次第で市選管の前記異議棄却決定及び被告委員会の前記棄却裁決は投票の判定につき事実の認定を誤つた点においていずれも違法であるから、その取消を求めるとともに、本件市長選挙における候補者佐藤実の当選の無効宣言を求める。と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として昭和三四年(ナ)第八号事件について

一、原告安藤主張一及び二の事実を認める。

二、同三の事実を否認する。

法第一二二条の二の規定は昭和三三年四月二二日法律第七五号による公職選挙法の一部改正の際に新設された規定であるが、その新設の経緯と趣旨は次のとおりである。すなわち本条新設以前のいわゆる同時選挙においては、法第一二三条第一項の規定により投票に関する規定は原則として各選挙に通じて適用されるので、投票手続(投票用紙の交付から記載、投函までの一連の手続)については、これを同時に行うのが原則であるが、選挙毎に各別に行うこともできるものと解釈され、その場合における投票の順序の決定は、投票に関する事務を担任する投票管理者のなすべきことと解されていた。しかし、この点については判例の上においても肯定否定の両論があり問題の存するところだつたので、新たに法第一二二条の二の規定を設けて同時選挙において投票を各別に行う場合の投票の順序の決定機関を明らかにしたのである。更にこれを規定の仕方から見ても投票の順序を決定すべき場合のあることを前提とし、その順序を実際に決定するのは選挙管理委員会であることを規定しているのであつて、同時選挙における投票の同時施行の原則を排除して投票の手続は同時に行つてはならないとまでいつているのではないと解すべきである。結局法第一二二条の二の規定は従来同時選挙における投票手続の建前である同時施行そのものを禁止したものではなく、単に投票を各別に行う場合の投票順序の決定機関を定めたものと見るべきである。従つて市選管が投票用紙を同時に交付する場合について投票の順序を定めなかつたため、ある投票所において同時選挙の建前どおり執行したとしてもなんら法第一二二条の二の選挙管理執行の規定に違反するものではない。

と述べ、昭和三四年(ナ)第九号事件について

一、原告今泉主張の一の事実は認める。

二、同二の事実を争う。

(一)  その(一)について。

地方公共団体の長の当選訴訟は選挙人または候補者が選挙会において決定した当選の効力の排除を求める訴訟であり、その性質上当該選挙の有効なことを前提とするものであるから当選訴訟において選挙無効を主張することはその主張自体において矛盾するものであつて、許されないものというべきである。

ところで原告今泉がこの(一)の主張事実において投票の無効の理由として挙げているのは、要するに市選管の選挙管理規定違反の主張であり、もしそうだとすると原告今泉主張の第二九及び第四一の二投票所における投票者数は当選人と次点者との得票差以上なのであるから、選挙の結果に異動を及ぼすおそれのあることは明らかである。すなわち原告今泉の主張は当選訴訟でありながらその前提となる当該選挙の効力を否定することになるからそれ自体において矛盾するものであり、許されるべきではない。

(二)  その(二)について。

1  無効投票中原告今泉が林谷候補の得票と主張するもののうち、別紙点検票1が同候補の有効得票であることは認めるが、同2は候補者のなに人を記載したか確認できないものであるから、無効投票である。

2  佐藤候補の有効得票中原告今泉が無効と主張するもののうち、別紙点検票16、21、23、26、27、28、52、55、59がいずれも無効投票であることは認めるが、その余の票はすべて佐藤候補の有効得票である。その理由は左のとおりである。

(1) 別紙点検票12。

右下の記載は票の記載全体からみて鉛筆の芯の太さ、濃さ等を試してから候補者の氏名を記載したことによるものと容易に判断できるので、有意的な他事記載とは認められない。

(2) 同13。

下の字が「一人」という二字にも見えるが、記載全体及び字の配置から判断するに、これは二字ではなく、一字と見るべきものでその字体から見れば「実」の上半分「〈手書き文字省略〉」の脱漏と認められる。

(3) 同14。

「さとうろ」と記載され、「さ」と「と」の中間及び「う」と「ろ」の中間に不明な記載があるが、完全に記載された文字から見ればその稚筆な記載全体と併せて、前記不明な記載は不用意な線または脱字の部分の不完全あるいは記載不能となり途中で中止した部分と判断できるので、有意的な他事記載ではない。

(4) 同15。

上部の黒点は誤字を抹消した形跡明瞭であり、かつ抹消が不完全であれば誤解を起す原因になると判断した選挙人が丁寧に完全に抹消したものと認められる。

(5) 同17。

佐藤候補は後記のように市民愛好家に柔道を指導し、一般市民から当地方の方言である「みのるやん」の愛称をもつて親しまれている者である。選挙人は「みのるやん」と記載しようとして「や」の字を脱字したものと判断できる。そうでないとしても「みのる」と明瞭に記載されており、「ん」は有意的な他事記載とは考えられない。

(6) 同18。

下部は「ミ」が逆字であるが、一応「ミノル」と読める。上部の抹消部分を見ると「ヤ」と「シ」が一応見える。従つてこの投票は佐藤候補に投票しようとした選挙人が「ハヤシ」と書こうとし、そこでその誤りに気づき抹消して「ミノル」と記載したものであることが容易に判断できるので、有意的な他事記載ではない。

(7) 同19。

記載の最後に句読点をうつことは通常行われることである。この投票を見ると右下部の「◎」はその位置、大きさ及び「実」の運筆筆勢から考えて、習慣的な自然な読点と判断できるので、有意的な他事記載ではない。

(8) 同20。

抹消した部分を見ると「さとまこ」の四字が見える。市議候補者に「さとうまこと」という候補者がいるので、選挙人が市長用紙に「さとまこと」と記載し、同用紙が市長用紙であることに気づき、抹消して「さとみのる」と記載したと認めることが容易であり、左下部の「と」はその位置及び抹消にかかる部分の字との配列状況から見て「さとまこと」の「と」の部分であり、抹消するに際しこの部分の抹消を忘れたものと認められる。

(9) 同22。

上部に記載された「市長」なる文字は候補者としての肩書を記載したものであるから、身分を記載したものとして他事記載に当らない。

(10) 同24。

上の二字は「佐藤」であること明瞭であり、下の二字は「みのる」の「み」の脱字である。一般に平仮名を続けて早く書いた場合「る」がこのような形になることは経験に照らし明らかである。

(11) 同25。

上の三字は「サトう」と判読できる。下の一字は「ま」とも見えるが上の三字が片仮名、平仮名まじりの稚拙な字体であることから綜合勘案した場合「みのる」の「み」を記載しようとして誤記したため、残余の字を記載しないで中止したものと推察できる。従つて下の一字は有意的な他事記載とは認められない。

(12) 同29。

上の二字は「ミノ」である。下の字は偏とつくりが上下に離れ過ぎているが「ル」であることは記載全体から見て判断できる。

(13) 同30。

字体から見て「実」の字を続けて書いたものであることが容易に判断できる。

(14) 同31。

第一字は「さ」である。第二字が「と」であること明瞭であり、第三字は「実」である。結局「さと実」と判読できる。

(15) 同32。

「ミロル」と記載されているが、「ミノル」と「ミロル」は発言も類似しているし、他にこれと類似する発音の氏または名を有する候補者はないから、「ミノル」の誤記と認められる。

(16) 同33。

偏とつくりが上下に離れているが、「佐」の不完全記載と容易に判断できる。候補者中に佐藤候補以外に「佐」の字のつく氏または名を有する者はいないから、「佐藤」の「藤」の脱字と判断できる。

(17) 同34。

第一字は「さ」、第二字は「と」、第六字は「る」である。記載全体から見ればその字数も一致するので「さとうみのる」と判読できる。

(18) 同35。

第一字は「さ」、第二字は「と」、第三字は横線の位置が誤つているが「う」である。第四字は「み」の誤字であることも字体から判断できる。第五字は「の」であり、第六字は横線が一画をなしているが「る」の誤記である。従つて結局「さとうみのる」の誤記と認められる。

(19) 同36。

上の二字は「ミノ」である。三字目は「ル」を記載しようとした選挙人が字体を忘れたための記載と認められ、記載全体から見て「ミノル」と判読できる。

(20) 同37、38、39。

いずれも「ノル」または「ミル」と記載されている。他の候補者中に「ノル」「ミル」またはこれと類似する発音の氏または名を有する者はいないから、「ミノル」の「ミ」または「ノ」の一字脱字であることが容易に判断できる。

(21) 同40。

「さとう」の「う」の一字脱字と認められる。

(22) 同41。

第二字は「う」と判読できるから「とう」と記載したものである。結局「さとう」の「さ」の一字脱字と認められる。

(23) 同42。

「稔」の音は「ミノル」であるから、「実」の字は異るが「佐藤実」に投票しようとした選挙人の意思が明瞭である。

(24) 同43。

第三字が「寒」であるが、その字も完全ではなく「実」の下に点を打つた字である。従つて「寒」という字を書こうとしたものではなく、「実」の誤記であることが容易に判断できる。

(25) 同44、45、49、51、54、57、58。

いずれも「斎藤実」、「さいとうみのる」、「さいとをみのる」「サイトミノル」と記載したものであるが、後記点検票3について述べるところと同じ理由で「さとうみのる」の誤記と認められる。

(26) 同46。

「藤」の字が二重になつているが「実」の字が完全であるから、「佐」を脱字したものと認められる。

(27) 同47。

後記点検票7について述べる理由と同じである。

(28) 同48。

第三字は「実」の不完全記載であり、記載全体として、「佐藤実」と判読できる。

(29) 同50。

「遠藤」を抹消し、「佐藤」と記載した選挙人の意思が明白である。なお下部の小さな横線は「遠藤雄蔵」と記載しようとした「雄」の偏の一部の残部か、そうでないとしても無意の記載である。

(30) 同53。

第三字は「寛」であるが、候補者中に「寛」の名を有する者はないし、また「寛」と「實」「実」はその字形において類似している。字体はたしかに達筆であるが、達筆であるから誤記がないとはいえない。「佐藤」と完全に記載されているので、「佐藤実」または「佐藤實」の誤記と認められる。

(31) 同56。

第三字は「蔵」である。「蔵」の字を有する候補者に遠藤雄蔵がいるが、記載全体から見て稚筆の者の記載と推察されるところ、記載台上の候補者氏名掲示には「遠藤雄蔵」と「佐藤実」が並んでおり、かつ「実」の字が一子とんで「蔵」と並んでいるので、右氏名掲示を見ながら記載した選挙人が「佐藤実」と記載しようとして「佐藤」まで記載し、名を記載する段階で欄を見まちがえて「蔵」と誤記したものと考えられる。よつて「佐藤」が完全に記載されていることを併せ考えると、佐藤候補に投票する意思であつたことが明らかである。

この点について被告は更に次のとおり主張する。

3  無効投票中次のものは佐藤候補の有効得票である。

(1) 別紙点検票3。

「さいとうみのる」と完全に記載されているし、候補者中には「さいとう」の姓を有する者はないのであるから、「さとうみのる」の誤記と認められる。

(2) 同4。

第一字は「ミ」の逆字であるが、「ミルル」と判読できる。また「ミ」と第二字「ル」の右中間に「ノ」の一字があるが、これは「ミノル」と記載しようとした選挙人が「ミルル」と誤記したため、「ミ」と「ル」の間に「ノ」を加筆し、最後の「ル」を抹消するのを忘れたものと認められる。

(3) 同5。

第一字は「サ」の逆字であるが、「サト」と判読できる。そうすると記載全体から見て「サトウ」の「ウ」を脱字したものと判断できる。

(4) 同6。

「佐藤」と「遠藤」はその発音が類似しているので「佐藤実」と記載しようとした選挙人が「遠藤実」と記載を誤つたものと認められる。なお遠藤候補は共産党公認の候補者で種々の選挙に常に立候補しており、当地方の知名人であり、その支持者も固定しているので選挙においてその特異な名である「雄蔵」を誤記するはずもない。

(5) 同7。

佐藤候補は柔道師範である渡辺峰松の次女と結婚し渡辺家に同居し、自からも柔道七段であるので義父と一緒に、あるいは義父の代理として義父の道場の子弟等を指導して来た。従つて市民の間には佐藤候補を渡辺家の養子と思いまちがえているものもしばしばあるので、選挙人もおそらくこのように誤つて考えて記載したものと認められる。

(6) 同8。

「サトウミツル」という氏名は他の候補者にはなく、かつ市議候補者にもないし、また「ミノル」と「ミツル」は発音が類似しているので「サトウミノル」の誤記と認める。

(7) 同9。

第二字以下は「のる」と完全に記載されているが、第一字はその運筆から見て「み」の不完全記載と判断できるし、記載全体から見ても「みのる」と判読できる。

(8) 同10。

第四字が不完全であるが、「み」と判読できるので「さととみのろ」の記載と判読できる。従つて記載全体から見て「さとうみのる」と判読できる。

(9) 同11。

第一字は「丼」のように記載されているが、上の横線を鉛筆の頭で抹消した形跡が明らかであるから、「サ」の誤記と容易に判読できる。従つて「サトウ」と記載したものと認められる。

4  林谷候補の有効得票中次のものは無効投票である。

(1) 同60。

五字までは「はやしたに」であるが、下の二字は「だし」である。「だし」と「かづい」「しゆけい」との間には全然類似性がないから誤記するとは考えられない。また福島市周辺の方言で「……です」ということを「……だし」ということが特に商家の間には多い。従つてこの投票は「はやしたにです」と記載したとも認められ、そうでないとしても林谷候補の名とは全く関連のない二字であるから有意的な他事記載である。

(2) 同61。

上三字の右側にいずれも点がある。三字目の点はあるいは「や」の点と考えられるが、そうならば「は」の点は不必要であり、二字目の点も抹消するはずである。結局この点は三つで有意な意味を持つ他事記載である。

(3) 同62。

下三字「大バカ」が有意的な他事記載である。

(4) 同63。

五字までは「はやしたに」であるが、下二字は「ぐち」である。「ぐち」と「かづい」または「しゆけい」との間には全然類似性がないから、誤記するとは考えられない。まして仮名書ではあるが明瞭に書いてあるので、この二字は有意的な他事記載である。

(5) 同64。

林谷候補は昭和二二年から二期八年間福島市選挙区から当選して県議会議員を勤め、引続き福島市長に当選した現職市長であつたから、有権者がその名を知らないということはおよそ考えられない。なるほど「主計」と「主水」は類似しているが、「主水」を「モンド」と読むのは特殊な読方であり、その読方を知つている者が漢字で書けないとも考えられない。まして姓は達筆に、明瞭に「林谷」と記載していることから見ても誤記でないことは明らかである。すなわち有意的な他事記載である。

(6) 同65。

上三字「ハやす」は「ハヤシタニ」の誤記及び脱字と考えられるが、下二字は「バギ」であり、「かづい」、「しゆけい」とはなんら類似性がない。従つて誤記するとも考えられないから、有意的な他事記載である。

(7) 同66。

四字とも全部全く判読不能である。

(8) 同67。

強いて読めば「はやもをにかづ」であり、候補者のなに人を記載したか判読不能である。

(9) 同68。

「はへただし」と明瞭に記載され、候補者のなに人を記載したか判読不能である。

(10) 同69。

第一字「は」以外は判読不能である。

(11) 同70、89。

「王」とも読めるが「ミ」を縦線で抹消したものとも判断できる。縦線が一本で切れていないから「主」とは読めない。結局いずれにしても判読不能である。

(12) 同71。

第一字は張いて読めば「林」と読めないこともないが、記載全体から見ると結局なに人を記載したか判読できない。

(13) 同72、73、74。

いずれも「ハシ」、「はら」、「はし」と記載されているが、これらを「はやしたに」の脱字と判断することはできない。

(14) 同75。

「ハラシ」と明瞭に記載されているので文字等を補充して判断する余地なく、候補者のなに人を記載したか確認し難いものである。

(15) 同76、77、91。

いずれも「市長サン」「しちヨー」「シチヨ」と記載した投票であり、「市長」という職業または肩書を記載したものと思われるが、現職市長林谷候補の職業を記載したものか、市長候補者としての三人の候補者のいずれかの肩書を記載したものか、氏名、氏または名がこの他に記載されていない限り判断できない。このことは市長佐藤実と記載した投票(前出点検票22)があることによつても明らかである。従つてなに人を記載したかを確認できないものである。

(16) 同78、81、84。

いずれも「ハヤ」「タニ」と記載されているが、これらを「はやしたに」の脱字と判断することはできない。記載そのものがこのようにきわめて不完全である場合について文字を補充してまで選挙人の意思を詮索臆測することは許されるべきではない。まして記載された文字の数以上に脱字を補充して判断することは許されない。すなわち、これらの投票はいずれも候補者のなに人を記載したか確認し難いものである。

(17) 同79、87。

いずれも「計」一字であり、これだけでは果して林谷主計の「計」であるか、あるいは他の意味を持つた「計」であるか判断不能である。また一般的にいつても下の部分のみを書いて上の部分を脱字するということはあり得ない。

(18) 同80。

判読できるのは第一字「ハ」、第二字「や」、最後の「き」の三字だけで、林谷候補の氏名とその発音において関連あるのは「ハ」と「や」の二字だけであり、候補者のなに人を記載したか確認し難いものである。

(19) 同82。

第二字は抹消してあるので「ハヤシシロ」と読める。下の二字「シロ」はなにを記載したか判断不能であるし、「カヅイ」または「シユケイ」とはその発音においてなんら類似性もない。結局なに人を記載したか確認し難いものである。

(20) 同83。

第二字は不明であるが、他は「バたニ」と読める。第二字は「や」とはどうしても読めないから、結局なに人を記載したか確認し難いものである。

(21) 同85、86。

いずれも「林立」、「林下」と記載されているが、「立」及び「下」はいずれもその字形において「谷」とは全く類似性のないものである。かつ点検票64で前述したように林谷候補は現職市長であり、従来から福島市の著名人であることや各記載台ごとに候補者の氏名掲示がなされていることなどから考えると、「林」と漢字で書ける者が「谷」を書けないとか、「谷」を「立」とか「下」と誤記したとはとうてい解し得ない。結属候補者のなに人を記載したか不明のものであるか、候補者以外の者の氏名を記載したものである。

(22) 同88。

二字とも判読不能である。強いて読めば上の字は「林」とも読めないこともないが、第二字は「谷」とは読めない。林谷候補に投票しようとする意思の認められないものである。

(23) 同90。

「村」という一字である。

(24) 同92、93。

「はやし」または「林」だけなら「たに」または「谷」を脱字したものとも考えられるが、「たに」または「谷」を脱字する程度の者が「さん」または「様」を記載することは通常考えられないので、この投票は結局候補者以外の「はやし」または「林」という者の氏名に敬称を附したものと認められる。

(25) 同94。

「森」と「林」はその字の内容から見れば類似性があるともいえるが、字形が類似しているとはいえない。ことにこのような単純な字においては通常誤りは少ないものである。結局最初から「森谷」と記載しようとしたものと認められる。

(26) 同95。

「田」はその字形において「谷」とは全く類似性がないから、点検票85、86と同様の理由で、候補者以外の者の氏名を記載したものである。

(27) 同96。

達筆でしかも明瞭に記載されており、特に「み」は明瞭であるから、点検票85、86と同様の理由で、候補者以外の者の氏名を記載したものである。

以上の結果佐藤候補の有効得票とされているもののうち九票が無効投票であり、林谷候補の有効得票とされているもののうち三七票が無効投票であり、また無効投票とされているもののうち九票が佐藤候補の有効得票であり、一票が林谷候補の有効得票であることになるから、佐藤候補の得票数は被告委員会の修正とその後当審第一回検証の際混票及び計算違いの発見により調整されて出た数三三、一九二票から九票を減じて九票を加えた三三、一九二票となり、林谷候補の得票数は被告委員会修正の三三、一六六票から三七票を減じて一票を加えた三三、一三〇票となる。従つてその差は六六票であり佐藤候補の当選の効力には影響のないことが明白である。

と述べた。(証拠省略)

理由

一、福島市長選挙は昭和三四年四月三〇日市選管によつて執行され、その候補者は佐藤 実、林谷主計、遠藤雄蔵の三名であつたが、その選挙の結果は佐藤の得票数が三三、二〇二票、林谷のそれが三三、一六二票、遠藤のそれが二、八二九票で、無効票数が一、六九三票となつて佐藤が当選し、林谷は次点となつたこと、右選挙の結果に対し、原告安藤及び今泉がそれぞれ選挙人としてその主張のような理由で市選管に異議を申立てたが棄却され、更に被告委員会に訴願したが、これまた昭和三四年一〇月八日棄却され、その裁決書はいずれも同月一六日右原告らに送達されたこと並びに右票数は右棄却裁決による修正により、佐藤の得票数が三三、一八八票、林谷のそれが三三、一六六票、遠藤のそれが二、八三〇票で無効票数が一、六九七票となつたことは当事者間に争いなく、また第一回の検証の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、当審第一回検証の際更に混票及び計算違いについて精査の結果原被告間に争いのない基礎票は、佐藤の得票数が三三、一九二票、林谷のそれが三三、一六六票、遠藤のそれが二、八三〇票で、無効票数が一、六九三票となつたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠がない。(原告は佐藤の得票数を依然三三、一八八票と主張するが計算違いであること明らかである。)

二、原告安藤の選挙の効力に関する前記棄却裁決取消等請求についての判断。

原告安藤は、本件市長選挙は市議選挙との同時選挙でありながら、その執行にあたり市選管が第二九及び第四一の両投票所において投票の順序を定めないで市議と市長の投票用紙二枚を同時に交付し、投票せしめたことは選挙の管理執行が公職選挙法第一二二条の二の規定に違反してなされたものである旨主張する。しかしながら

1、右法第一二二条の二の規定は昭和三三年法律第七五号によつて改正された公職選挙法において新設されたものであるが、証人皆川迪夫の証言によればその立法の趣旨は次のごときもの、すなわち、従前法第一一九条の規定により同時に選挙を行う場合には法第一二三条の規定によつて投票及び開票に関する規定は各選挙に共通して適用することになつていたが、この場合投票用紙を同時に交付するか、あるいは各別に交付するかについては、立法当局も当初は右規定をそのまま解釈すれば同時交付がこの場合の建前であるというように考えていたが、その後投票函などの投票施設が漸次増加、改善されるに及び、投票所の構造上許されるならば投票用紙は各別に交付した方がよいし、また法解釈としてもそれが許されるという考えが出て、全国選挙管理委員会も時流に従いそのように指導したので、昭和二六年頃には投票用紙を各別に交付する方法が一般的に行われるようになつて来た。ところが投票用紙を各別に交付する場合、どちらの投票用紙を先に交付するかという問題が起り、それを決定する機関について選挙管理委員会だとする判例(福岡高等裁判所昭和二七年一二月一八日判決)とこれに反し投票管理者だとする判例(東京高等裁判所昭和二八年六月一日判決)とが相次いで現れ、現実においても統一がなくやりにくい状態であつたので、当局としてもいずれにか決定しなければならないはめに立至つた。そこでこの解決のため投票の順序のごときはなるべく広い範囲で統一した方が好ましいという当局の見解のもとに立案され、選挙を同時に行う場合その投票及び開票の順序(どちらの投票あるいは開票を先にするか)の決定は選挙管理委員会がこれをなすべきことの趣旨で法第一二二条の二の規定が新設されたものであることが認められる。

法第一二二条の二の規定の右立法趣旨にかんがみこの点に関する公職選挙の各法規、現在の選挙施設の実情を併せ考えるならば、右法第一二二条の二の規定は単に同時選挙の場合で投票用紙を各別に交付する場合の投票等の順序の定め方について規定したものであつて、同時交付の方法を禁止したものでないのは勿論原告安藤が主張するように投票用紙を同時に交付する場合のことまでを定めた趣旨のものではないものと解するのが相当であるる。

2、のみならず法第一二二条の二の規定にいう「投票(及び開票)の順序」とはその規定の仕方に法第一二三条の規定の趣旨を併せて見れば、投票用紙が異つた各選挙ごとに一枚ずつ交付されることを除いては投票手続が共通して行われるいわゆる同時選挙の場合においていずれの選挙について先に投票用紙を交付し、それに記載させ、そして投函させるかという一連の投票手続の順序を指称するものと解され、原告安藤のいうごとく投票用紙を同時に交付する場合の必然的に起る投票の記載の順序のことまでもいつているものとは考えられない。すなわち同時交付の場合の記載の順序は選挙人に任されているものと見るほかはない(前記証人皆川の証言によつても法第一二二条の二の規定の立案者も同規定は投票用紙の同時交付の場合のことには触れておらず、この場合は複数の投票用紙の交付を受けた選挙人が注意すれば足るとの意見であることが認められる。)。

3、なお、同時選挙の場合に投票用紙を同時に交付することは公職選挙法の禁止するところでないことは前記1、2、説明により明らかなところであるし、また前記皆川証人の証言によれば終戦後の当初は同時選挙の場合、投票用紙の同時交付の方法がむしろ原則で広く行われていたが、その後投票函の数がふえるなど投票施設が整備するに従い、各別に投票する方が選挙人にとつても、また開票するにも便宜であることなどから次第に一般に行われるようになり、最近では同時交付は場所もせまく係員の人数も少ないような投票所でしかあまり行われなくなつたが、そうかといつて右のような条件の悪い投票所に場所と員数を要する各別の交付を強いることはそこでの投票を不可能にするおそれがあり、投票所をふやして投票をしやすくするという選挙の別の理想にもとることが認められる。しかも証人熊倉敏雄、宍戸次夫の各証言並びに第二回検証の結果を綜合すると、第二九投票所は建坪一八坪、二階一五坪の福島市荒井字峠原部落の作業所の階下土間材料置場を利用したもの、第四一投票所は建坪一二坪五合、二階一二坪五合の同市野出町連絡所の階下の事務室を利用したもので、いずれも投票所としてきわめて狭隘不便であり、各別に交付することは不可能に近い状況にあるが、附近にはこれら建物以外に投票所に使用し得る適当な建物のないため、従来同所を使用して来たことが認められ、右認定を左右するに足る証拠がない。それなら右二投票所において投票用紙の同時交付の方法をとつたことには非難されるべきものがないというべきである。のみならず成立に争いのない乙第七、八号証に右各証言や、証人樋口勝雄、阿部義雄の各証言を併せれば右二投票所において本件選挙に際し投票用紙を同時に交付するにあたつては係員は選挙人が市議用紙と市長用紙とを混同しないようとくに意を配つていることが認められる。

右1、2、3、のとおりならば、本件市長選挙の執行にあたり市選管が前記のように第二九及び第四一の両投票所において、投票の順序を定めないで市議と市長の投票用紙二枚を同時に交付し投票せしめたとしても、右選挙の管理執行が法第一二二条の二の規定に違反したということはできない。従つて市選管の本件市長選挙の管理執行が右規定に違反することを理由とする原告安藤の前記請求はその余の判断を待つまでもなく失当として棄却されるべきである。

三、原告今泉の当選の効力に関する前記棄却裁決取消等の請求についての判断。

(一)  同原告の請求原因二の(一)について。

同原告のこの点の主張は、要するに、市選管が本件同時選挙において前記第二九及び第四二投票所で同時選挙の投票順序を定めることに関する法第一二二条の二の規定に違反し、市議と市長との投票用紙二枚を同時に交付しながら両投票について順序を定めなかつたため、選挙人の思案を混乱し、市長用紙を市議用紙とまちがつて佐藤姓市議候補のなに人かに投ずるのに市長用紙に単に佐藤姓のみを記載した選挙人が相当数存在することが客観的に推定可能であるから、単に佐藤姓のみを記載した市長票は候補者のなに人を記載したか確認し難いものとして無効とすべきであるというのである。

しかしながら右二投票所において投票の順序を定めないで市議と市長の投票用紙二枚を同時に交付して投票せしめたことは本件選挙の管理執行として法第一二二条の二の規定違反にならないのみならず事実上もなんら非難にあたる方法ではないことは前段認定のとおりであるとすれば、かりに右二投票所において選挙人のうちには市長用紙を市議用紙ととり違え佐藤姓市議候補のなに人かに投ずるのに市長用紙に単に佐藤姓のみを記載した者があつたとしてもそれは選挙施設の人的物的状況、選挙経費の節約、選挙事務手続の簡素化、選挙人の便宜という選挙の他の理想から認められた同時選挙の執行から来るやむを得ない結果といわなければならない。原告今泉はそれは投票用紙二枚を同時に交付したからであると主張するようであるが、この場合同時に交付したから右のような誤りが生じ各別に交付したら全然誤りが生じなかつたといえるかというに、とうていそのようにいい切れるものではない。そこに差異があるとしてもそれは単に蓋然性の問題に過ぎないであろう。しかもその蓋然性はこれを計る根拠もないというべきである。

そのことは第一回検証の結果により認められるごとく本件市長選挙における無効投票の「候補者でない者の氏名を記載したもの」八八六票中に市議選挙の候補者氏名を記載したものが合計七六三票もあることから各別に交付した前記第二九及び第四一投票所以外の投票所においてもかかる誤りが相当あることや、その方式及び趣旨から真正に成立した公文書と推定する乙第一一号証によつて明らかなごとく、本件市長選挙と同日に執行された平市長選挙と同市議会議員選挙との同時選挙においては全投票所(一九ケ所)とも市議、市長の投票を予めその順序を定めて各別に行つたものであるが、その市長選挙の結果の無効投票六二三票中候補者でない者の氏名を記載したものが三一〇票であつたことからも推測できることである。

そうすると本件二投票所において順序を定めず同時に交付したため佐藤市議候補のなに人かに投ずるのに、誤つて市長用紙に佐藤姓のみを書いた選挙人が一体あるのか、あるとしてもどのくらいあるのか、また各別に交付した他の投票所と比較してそのある率はどうなのかということが確定できるなんらの証拠もないから、そのような誤つた票が相当数存在することを前提とする原告今泉の前記主張は理由がないことになる。

なお、被告はこの点について、原告今泉の右主張は結局選挙の無効を主張するものであつて、当選無効の主張としてそれ自体矛盾すると主張するが、同原告は右主張において市選管の選挙の管理執行が選挙の規定に違反するとは主張しているが、その結果選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあり、選挙が無効であるとは主張していないのであるから被告の右主張は失当である。

(二)  同じく(二)について。

1、無効投票中原告今泉が林谷候補の有効投票と主張するものについて。そのうち別紙点検票1が林谷候補の有効投票であることは当事者間に争いがない。そこで争いのある票について判断する。

(1) 別紙点検票2は、これにつき同原告は林谷候補が当時現職市長であつたことにかんがみて、この票は「林谷市長」と書こうとして「谷」、「市」の二字を誤脱したものだというけれども、「林長」とかなり明瞭に記載されていることからしても、かような字の書ける者が「林谷市長」という四字の中の二字「谷市」を誤脱するとは考えられない。候補者のなに人を記載したか確認できないものとして無効投票と認めるべきである。

2、無効投票中被告が佐藤候補の有効投票と主張するものについて。

(1) 別紙点検票3は「さいとうみのる」とはつきり記載されているし、「さいとう」と「さとう」はともにその姓も多く発音においても相通じ、一般経験に照しても互に誤称、誤記されることが珍しくないと考えられるから、候補者中には「さいとう」の姓を有する者のないことも併せて「さとうみのる」の誤記と解し、佐藤候補の有効投票と認める。

(2) 同4は運筆がきわめて稚拙であることから考えて、佐藤候補の名「ミノル」を書こうとして「ミルル」と書き誤り、更に「ミ」の右下に小さく「ノ」を書き加えようやく「ミノル」を完成したが、二重になつている「ル」のどちらかを抹消するのを忘れたものと思われるから、佐藤候補の名「ミノル」を誤記したものとして同候補の有効投票と認める。

(3) 同5は第二字「ト」が片仮名であるから第一字も片仮名と見れば逆字ではあるが「サ」と判読できる。そうすると佐藤候補の姓「サトウ」を書いたつもりで「ウ」を脱字したものと判断されるから、同候補の有効投票と認める。

(4) 同6は他の候補者に「遠藤雄蔵」がある(この点は当事者間に争いがない。)以上、遠藤候補の姓と佐藤候補の名とを混記したものと見るべきで、候補者のなに人を記載したか確認できないものとして無効投票と認める。

(5) 同7、47はいずれも明らかに「渡辺実」、「渡辺實」と記載されているが「渡辺」と「佐藤」とは表現上相通じるものがないから「佐藤実」の誤記とは認め難い。のみならず成立に争のない乙第九号証によれば同時に執行された市議選挙の候補者に渡辺姓の者が三名あることが認められるから、その渡辺の姓を誤記した疑いもある。被告は佐藤候補を渡辺峰松の養子のように考えている者がしばしばある旨主張し、証人佐佐木正義はそのような趣旨のことを供述しているが、かりにそのような事情があるとしても佐藤候補は同市の有名人である(そのことは被告も主張している。)ことから考えれば、「渡辺実」が佐藤候補の通称と見られるほど一般化していない限り同記載をもつて常に「佐藤実」の誤記であるとは断定し難い。すなわち候補者でない者の氏名を記載したものとして無効投票と認める。

(6) 同8は被告主張のとおりの理由で「サトウミノル」の誤記と見て佐藤候補の有効投票と認める。

(7) 同(9)も被告主張のとおりの理由で「みのる」と判読できるから佐藤候補の有効投票と認める。

(8) 同10は全体にわたつて運筆がきわめて稚拙であることから考えると、第四字も「み」の不完全な表現と見て、「さとうみのる」と記載しようとして「さととみのろ」と書いたものと解されるから、佐藤候補の有効投票と認めるべきである。

(9) 同11は用紙を逆にしており、運筆も幼稚であることも考え併せると第一字は「井」のように見えるが、上の横線を鉛筆の頭で抹消しようとした形跡があるから「サ」の誤記と判読することができる。従つて「サトウ」と記載したものとして佐藤候補の有効得票と認めるべきである。

3、佐藤候補の有効得票中原告今泉が無効と主張するものについて。そのうち別紙点検票16、21、23、26、27、28、52、55、59がいずれも無効投票であることは当事者間に争いがない。よつて争いのある票について順次判断する。

(1) 別紙点検票12は被告主張のとおりの理由で佐藤候補の有効投票と認める。

(2) 同13は下の字が「一人」と読める。被告はこれを「実」の上半分の脱漏だと主張するけれども、票全体の記載が相当達筆である点から考えて、「実」の書き誤りとは見られない。候補者でない者の氏名記載として無効投票と認める。

(3) 同14は被告主張のとおりの理由で「さとうろ」以外の不明な記載は「さ」と「と」の間の「一」はとの第一画を縦に引くべきものを横に引いたもの、いずれにしても有意的な他事記載とは認められない。そして第四字「ろ」は「る」を書こうとしたようにも見えるから、全体として「さとうみのる」の脱字票と考え、佐藤候補の有効投票と認めるべきである。

(4) 同15も被告主張と同じ理由で佐藤候補の有効投票と認める。

(5) 同17は「みのるん」と判読できる。被告は佐藤候補は「みのるやん」の愛称で呼ばれることもあるから「みのるん」は「みのるやん」と書こうとして「や」を脱字したものであると主張し、同候補が「みのるやん」と呼ばれることのあることは証人佐々木正義の証言で認められる。そうすると「みのるん」は発音の点において「みのるやん」をつずめたものとも考えられ似かよつているから、「みのるやん」の「や」を脱字したものと見て結局選挙人の意思が佐藤候補に投票するにあつたと認めるのが相当である。同候補の有効得票である。

(6) 同18は被告主張のとおりの理由で、佐藤候補の有効投票と認める。

(7) 同19は「佐藤実」の右下の二重丸形は明らかに二重丸形の渦巻で句点とも読点とも認められない大きさのものである。従つて氏名の下に句読点を不用意に付したものと同一には見られない。故意に記載した一種の符号として他事記載のある無効投票と認めるほかはない。

(8) 同20は被告主張のとおりの理由で佐藤候補の有効投票と認める。

(9) 同22は上部に記載された「市長」は本件同時選挙において市長選挙に立候補した者であることを区別するために書かれたものと認めるべきであつて、これを他事記載と解すべきではない。従つて佐藤候補の有効投票と認めるべきである。

(10) 同24は上の二字は「佐藤」と読めるがその下の「のー」はこの場合判読不能である。被告は「みのる」の「み」の脱字であるというけれども、上の「佐藤」と書体も全く異るのでそのようには判読できない。結局有意の他事記載として無効投票と認める。

(11) 同25はは上の三字は「サトう」と読めるが、第四字は明らかに「ま」であり、市議候補者佐藤 誠の名「まこと」を書こうとしたようにも解され、被告のいうごとく「みのる」の「み」を記載しようとして誤記したものとは考えられない。結局候補者のなに人を記載したか不明なものとして無効投票と認めるべきである。

(12) 同29は用紙を逆にして書き、きわめて稚筆であるが「ミノル」と判読できるから、佐藤候補の有効投票と認める。

(13) 同30は字体から見て「実」の字をくずして書いたものであると解されるから、佐藤候補の名を記載した同候補の有効投票と認める。

(14) 同31は稚筆でありこの記載自体では判読し難いが、第二字は「と」、第三字は「実」のくずし字と見られ、それなら第一字も「さとう」の「さ」を変態仮名の「さ」と書くつもりで運筆を多少誤つたものと考えられるから、結局「さと実」と判読できる。従つて「さとう実」の「う」を脱字した佐藤候補の有効投票と認めることができる。

(15) 同32は被告主張のとおりの理由で佐藤候補の有効得票と認める。

(16) 同33は偏とつくりが上下に離れているが、稚筆であることも考慮すれば「佐」の不完全記載と見られる。それなら候補者中に佐藤候補以外に「佐」の字の氏または名を有する者はいないから、「佐藤」の「藤」を脱字した佐藤候補の有効得票と認めるべきである。

(17) 同34は強いて読めば第一字は「さ」、第六字は「る」と読めないこともないが、他は判読不能である。従つて全体から見ても被告のいうように「さとうみのる」とは判読できない。候補者のなに人を記載したか確認し難いものとして無効投票と認める。

(18) 同35は候補者に「佐藤実」がある以上、被告主張と同じ理由で「さとうみのる」の誤記と解し、佐藤候補の有効得票と認める。

(19) 同36は用紙を逆にしているが上の二字は「ミノ」である。三字目は「ル」を記載しようとして字体を忘れための記載のように見られるから、全体的に見れば「ミノル」と書こうとしてこのように誤記したものと認められる。従つて佐藤候補に投票する意思でなされた同候補の有効投票と認める。

(20) 同37、38、39は「ノル」あるいは「ミル」と記載されているが、他の候補者中に「ノル」「ミル」またはこれと類似する発音の氏または名を有する者はないから、「ミノル」の「ミ」または「ノ」の一字を脱字したものと解すべきであり、従つていずれも佐藤候補に投票する意思でなされた同候補の有効得票と認めるべきである。

(21) 同40は「さどし」と読める。第三字の「し」は発音も字体も「う」とは似ておらないから「う」の誤字と見るのはむりであるし、そうかといつて「さど」の下に「し」がある以上被告のいうように「う」の一字脱字とも認め難い。候補者でない者の氏名を記載したものとして無効投票と認めるほかはない。

(22) 同41は、「とう」と判読できるが、「とう」と発音する「藤」を氏名に持つ候補者は他にも遠藤候補がいるのであるから、「とう」と記載されているだけでは「佐藤」、「遠藤」いずれの候補者に投票したものかたやすく確認し難い。結局候補者のなに人を記載したか不明であるものとして無効投票と認める。

(23) 同42は第三字が「稔」であるが、「稔」の音は「実」と同じ「ミノル」であるから、「実」をこのように誤記したものと解し、佐藤候補の有効得票と認める。

(24) 同43は第三字が「寒」のようにも見えるが、仔細に見ると「実」の下に点を打つた字と認められる。従つて「寒」の字を書こうとしたものではなく「実」を誤記したものと見るのが相当である。すなわち佐藤候補の有効得票と認めるべきである。

(25) 同44、45、49、51、54、57、58はいずれも「斉藤実」、「さいとをみのる」、「さいとうみのる」、「サイトミノル」と記載されたものであるが、前記点検票3について述べたのと同様の理由で「さとうみのる」、「佐藤実」あるいは「サトウミノル」の誤記と解し、佐藤候補の有効得票と認める。

(26) 同46は上の二字が「藤藤」であり、他の候補者遠藤雄蔵の姓にも「藤」の字があるが、第三字が明らかに「実」であるから、佐藤候補に投票する意思でかく誤記したものと見るのが相当である。よつて佐藤候補の有効得票と認める。

(27) 同48は被告主張のとおりの理由で佐藤候補の有効得票と認める。

(28) 同50ははじめ「遠藤」と書いて抹消し、改めて「佐藤」と記載したことが明らかである。なお、下部の小さい横線はその書かれた位置、その右肩上りの運筆などからして「遠藤雄蔵」の「雄」の偏の一画まで書いてやめたもののように認められ、原告今泉のいうように「佐藤」に続く「一」の字とは見られない。よつて佐藤候補の有効得票と認める。

(29) 同53は被告主張のとおりの理由で、佐藤候補の有効得票と認める。

(30) 同56は上二字が明らかに「佐藤」であるが、第三字は字画不整の「蔵」である。「蔵」は「実」とはなんら相通じるものはなく、しかも他の候補者である「遠藤雄蔵」の名の一部でもある。しかしながら成立に争いのない乙第一〇号証と証人宍戸次夫の証言に右「蔵」の字の書方が「蔵」の字を知つている者のそれではなく、なにかを見て書いたように見えることを併せ考えると、記載台上の候補者氏名掲示には「遠藤雄蔵」と「佐藤 実」が並んでおり、かつ「実」の字が一字とんで「雄蔵」の「蔵」と並んでいるので、右氏名掲示を見ながら記載した選挙人が「佐藤実」と記載しようとして「佐藤」まで書き、名を記載する段階で欄を見まちがえて「実」を「蔵」と書き誤つたものと思料される。従つて佐藤候補に投票する意思でなされた同候補の有効得票と認めるべきである。

4、林谷候補の有効得票中被告が無効と主張するものについて。そのうち別紙点検票60、62、63、65、66、67、68、72、73、74、80、82、83がいずれも無効投票であることは当事者間に争いがない。よつて争いのある票について順次判断する。

(1) 別紙点検票61は第二字は「や」を書いて抹消したものであり、「はやしたに」と判読できる。被告は上部右側の三つの点を有意的な他事記載であるというけれども、二番目と三番目の点はいずれも「や」の字の点と見られ、一番目の「は」の字の右肩の点も運筆の余勢による不用意な点と見られ、いずれも有意的な符号とは考えられない。林谷候補の有効得票と認めるべきである。

(2) 同64は原告今泉主張のとおりの理由で林谷候補の名「主計」を「モンド」と読むものと誤解して書いた記載と見て、同候補の有効得票と認めるべきである。

(3) 同69は第一字は明らかに「は」であり、第二字も「や」を書こうとしてできた不完全な「や」の字に見える。第三字は「し」を二重に書いたように見える。全体的に見てきわめて拙劣に「はやし」と記載しようとしたものと考えられるので、候補者中氏名に「はやし」の音を持つ者は林谷候補だけであるから、同候補に投票する意思で書いた同候補の有効得票と認めるべきである。

(4) 同70は一見判読し難いが、前出乙第一〇号証と証人宍戸の証言に運筆がたどたどしいことも併せ考えると、文字を知らない選挙人が林谷候補の名「主計」を書こうとして記載台上の候補者氏名掲示にある「林谷主計」の「主」の字をまねて書いたものと解される。従つて林谷候補に投票する意思でなされた同候補の有効得票と認めるべきである。

(5) 同71はきわめて達筆の草書体で「林谷主計」と記載されたものと判読できるから、林谷候補の有効得票と認める。

(6) 同75は被告主張のとおりの理由で、無効投票と認める。

(7) 同76、77、91は「市長サン」、「しちヨー」、「シチヨ」と読めるが、いずれも被告主張と同様の理由で候補者のなに人を記載したかを確認し難いものとして無効投票と認める。

(8) 同78、81、84は「ハヤ」、「タニ」、「ハヤ」(用紙を逆にしているが)と記載されているが、候補者中その氏名に「ハヤ」あるいは「タニ」の音を持つ者は林谷候補だけである以上、同候補に投票する意思で書かれたものと見られるから、同候補の有効得票と認めるべきである。

(9) 同79、87はいずれも「計」の一字であるが、候補者中その氏名に人名には割合に珍しい「計」の字を持つ者は林谷候補一人であるとすれば、同候補に投票する意思でなされたものと見られるから、同候補の有効得票と認めるべきである。

(10) 同83、86は「林立」、「林下」と記載されている。しかし「林立」は「ハヤシタチ」、「林下」は「ハヤシシタ」と読み、音において「ハヤシタニ」と類似性が見られるから、いずれも「林」が明瞭に書かれていることにかんがみ林谷候補に投票する意思で、「谷」の字を知らない選挙人が「タニ」の音にたよつて「林立」あるいは「林下」と書き誤つたものと認められる。従つて林谷候補の有効得票と認めるべきである。

(11) 同88はきわめて特異な書き方であるが、全体的に見ると「林谷」と判読可能である。林谷候補の有効得票と認める。

(12) 同90は「林」と判読できる。それなら候補者中その氏名に「林」の字を持つ者は林谷候補だけである以上、同候補に投票する意思で書かれたものと見られるから、同候補の有効得票と認めるべきである。

(13) 同92、93は「はやしさん」、「林様」と記載されているが、「さん」、「様」は敬称と見られるから結局「はやし」、「林」だけを書いた票と同じに考えるべきで、いずれも林谷候補の有効得票と認める。

(14) 同94は明らかに「森谷」と読めるが、「森」と「林」はその字の意味からいつても、形からいつても類似性があるばかりでなく、きわめて稚筆である点から見て「林谷」と書くつもりで「森谷」と誤記したものと解するのが相当である。それなら林谷候補に投票する意思で書いた同候補の有効得票と認めるべきである。

(15) 同95も明らかに「林田」と読めるが、「林田」は「ハヤシタ」と読め、音において「ハヤシタニ」ときわめて類似しているから、「林谷」と書くつもりで「谷」の字を知らないか、あるいは忘れた選挙人が「谷」を書く段階で音をたよりに「田」を誤記したものと解される。よつて林谷候補に投票する意思で書いた同候補の有効得票と認めるべきである。

(16) 同96は記載は明瞭に「はやしたみつい」である。しかし林谷候補の名「主計」を「かづい」と読むことや、「かづい」と記憶することは珍しい名であるから、一般選挙人には相当困難であると思料される。従つて「かづい」の下の二字「つい」が書かれていることから見れば、林谷候補の名を「みつい」と思い誤つた選挙人が同候補に投票する意思で「はやしたみつい」と誤記(「に」を脱字)したものと解するのが相当である。よつて林谷候補の有効得票と認めるべきである。

以上によれば佐藤候補の有効得票中無効投票と認められるものが更に合計一六票(別紙点検票13、16、19、21、23、24、25、26、27、28、34、40、41、52、55、59)あり、反対に無効投票中同候補の有効得票と認められるものが合計七票(別紙点検票3、4、5、8、9、10、11)あるから、同候補の得票はこれを前記三三、一九二票を基礎として加減計算すれば三三、一八三票となるのに対し、林谷候補の有効得票中無効投票と認められるものが更に合計一七票(別紙点検票60、62、63、65、66、67、68、72、73、74、75、76、77、80、82、83、91、)あり、反対に無効投票中同候補の有効得票と認められるものが一票(別紙点検票1)あるから、同候補の得票はこれを前記三三、一六六票を基礎として加減計算すれば三三、一五〇票となるものというべきである。それなら佐藤候補の当選の効力には影響のないことが明らかである。

以上の次第で前記棄却裁決にはいずれの意味においても事実の認定を誤つた違法はないから(市選管の前記異議棄却決定も同じである。)、その違法を理由とする原告今泉の前記請求も失当として棄却されるべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)

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